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吉良吉影は静かに暮らしたい

2024
05,06

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2018
08,19
いや~、これ話題にはなってたんだけど、決定打だったのは好きな作家さんが「何も事前情報入れないで見に行って」というオススメをしていたからなんだけど、本当に事前情報なにも入れないでおいて良かった…。正直、なにも情報を入れないで映画館に映画を見に行くのってかなりリスキーなんだけど、それまでの「信頼」だけでそれをやらせてくれる人っていうのは大事だよな…。

まあ、もうこんな辺境の地にまで文を見に来るってことは当然視聴済なものとして、ネタバレガンガンで書いていきますよ。

前半のゾンビ映画パート。正直、開始早々からこの映画は「ゾンビ映画を撮ってたら本物が現れてパニックになるんだけど、それはフェイクで、そのパニックを利用して映画を撮っていた」っていうオチかと思ってたんだけど、真相はさらにそのもう一枚上だった。

だから、監督が「これが本物の映画だぜ~!!」って乱入してきて映画を劇中で「撮り始めた」時に、「そのオチじゃないのか…」とちょっと驚いた。驚いたんだけど、最初の予想がそのまま的中するようではオススメしてないだろうな、という妙な信頼感もあり、そのままゾンビシーンが流れていった。

不自然な個所はあった。ケガを延々と気にしたり(パニックになって支離滅裂になってるのかな…)とか、「ちょっと」って言って外に出る人とか。カメラが思いっきり地面に落ちたり、ナタが不自然に落ちてたり。最後におばさんが立ち上がって「なにあれ」って言ったり。ゾンビ映画シーンをあえて真面目に評するなら「妙に臨場感だけはあるけど、勢いだけのむちゃくちゃな映画」という感じだと思う。

それが一転、制作パートに入ってから、すべての違和感に合点が行くように出来ていた。まず出演していたはずのおばさんが監督のただの奥さん役で出ていたのもびっくりしたり、なにより監督が役と全く違う温厚な人物だったのもめちゃくちゃ上手かった。監督は本当にすごい。キャラを立てるというのはこういうことなのか…という感じである。

ゾンビ映画パートの勢いだけ感とは裏腹に制作パート編の緻密さは特筆に値する。とにかく無駄なシーンがないのだ。すべてが伏線、すべてに意味があるように出来ている。ここでいう「意味」とはゾンビ映画パートで発生した違和感に対する「回答」だ。

正直言って制作パートの無駄の無さは神懸かり的である。なにせ、この映画は三部構成で「ゾンビ映画編」はおそらく劇中の放送時間と同じく30分。(思い返せばゾンビ映画のテンプレートをそこそこのクオリティで30分に収めたのもかなりすごい)この映画の全体の上映時間は96分しかないので、「制作パート編」「ゾンビ映画裏側編」と合わせても66分しかないのだ。

その中で、番組の成り立ち、監督の葛藤、娘の上手く行かない感じ、母親の過去、細田さんの酒、クロちゃん(違う)の神経質な様子…etcを全て説明しきらなければならないのだ。ここで、時間が無い中で伏線を張り巡らせるために「複合伏線」が貼られることになる。つまり、酒のせいで家族関係の上手く行っていない細田さんの話の中に「娘の写真」を出すことで、ベロベロ出演の伏線とラストの決め手(組体操の着想)になった監督の「娘の写真」の伏線を融合させてしまっているのだ。細田さんが娘の写真を見て元気をだしているのと同様に、監督も娘の写真を見て元気をだしていた。いつも見ていた娘の写真に写っていた肩車、それが最後の決め手の着想になったのだ。もお~、素晴らしい。マジかよ。

おそらくこのような伏線の整理と複合が行われることで極めてスピーディかつ正確にラストの「ゾンビ映画裏側編」へと繋がる描写が積み重ねられていったのだ。しかも、これが一番重要なのだけど、それを感じさせない。ものすごいコメディタッチで描いていて、見ている方に「伏線の積み込み」を感じさせないのだ。全くストレスなく伏線描写を積み重ねていくその様子はまさに神業。

そのような神業の先に待つ「ゾンビ映画裏側編」はさながら答え合わせの様相を呈している。最初の「ゾンビ映画編」で感じた「違和感」がどんどん消化されていくのだ。見ていて気持ちがいい。「あそこの違和感はどんな裏側がまっていたのかな?」とどんどん「次」が見たくなっていく。ものすごいカタルシスだ。

ケガのシーンは実際に場を持たせていただけだし、「ちょっと」と言って出ていくクロちゃん。「本名言っちゃったよ」の名ギャグ。ゲロはNGと言ってたけど思い切り吹かれてたよな…とか、交代した瞬間にやりたいって言ってた「アップとズームを繰り返す」をやったりとか、階段で執拗に撮っていた逢花の尻のシーンについてはスルーか…とか。

現場の生放送という極限の状況下において登場人物が必死であればあるほどに生まれる「シリアスな笑い」。自分の見た劇場でも、「ゾンビ映画裏側編」では各所で笑いが起こっていた。

でも、おれは全然笑う事が出来なかった。もちろん、シリアスな笑いとして描かれていたし、他の人の「笑う」というリアクションが「正解」であることに間違いはないと思うんだけど、登場人物全員(酒飲んでた細田さん除く)がこの生放送を乗り切ろうと奮闘している様子に本当に胸を打たれた。無数に起こるトラブルにその場その場の判断で対処していくスタッフたち。

「ゾンビ映画編」で小屋で逢花が息を潜めてやりすごしたものすごい緊張感のあるシーン。あそこでは一体何が起こってたんだろうと思ってったら、斧回収のカンペが提示されていただけだった。ずっこけるよ!ずっこけるけど、なんかもう勢いで使っちゃった斧もラストで必要だからどっかで再入手させないといけない…とかリアルタイムで事態が迫っているのだ。「なんとかするんだ」というまさに戦場のような緊張感。

そしてラスト。一番気になってたおばさんの「なにあれ」の回答。これが本当に素晴らしい。前述の写真の伏線を生かした「組体操」。その前の、それまで妥協に妥協を重ねてきた監督が「ここだけは譲れない」とした血の魔方陣を映すシーン。「これを映さないとこの映画なんだったのってなるでしょ!?」というシーン、あるよね…。あるんだよ…。分かる…分かるよ…!!ディレクターの「そんなの誰も気にしてない」っていう言葉もさ…分かるよ…でもさ、やっぱり映さなきゃいけない場面ってあるんだよ!監督のそれまでに溜めに溜めた妥協が一気に反転したシーン!!

しかもその組体操ってのがまたいいんだ…!スタッフ総出で、まさに「みんなで作り上げた」この映画の象徴の様な組体操。もうね、本当に素晴らしい。これ以上にないラストシーンだった。

なんというか、話題では「低予算の映画がすごいヒット!」みたいな扱いをしてたんだけど、これ低予算関係ないよね。カツカツになるまで練りに練った脚本の勝利。そして、劇中の人物たち同様に「なんかあっと驚かせてるものを作ろう!」というスタッフの熱意の勝利だと思う。

そして、なにより「おれを信じてなにも聞かずに見て来いよ」と言ってくれる人のありがたさ。それを実感した映画だった。
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2018
08,11
見る前の予備知識は「スーツの男がスタイリッシュアクションを決める映画」くらいしかなかったのだけど、まあ、大体あってた。キングスマンとなった後もスーツに「着られてる」感のあるエグジーはやっぱりどことなく頼りない。やはりハリーの方がキングスマンとして「これだよな」という感じがある。「紳士的なふるまいというのはカッコイイな」と素直に思える立ち居振る舞いだった。

キングスマンの仕立て屋にあった数々のガジェットもワクワクするものでいっぱいだ。最後の決め手になった仕込み刃の付いた靴や全男子憧れの防弾傘、スタンガン機能の付いた指輪などなど。こういう小物がいっぱいあると嬉しい。あと、こう…パキッと決まったスーツもそうなんだけど、いちいち「ビシッ」としてるんだよな。ガジェットも銃弾一個に至るまで絶対に煩雑に置かれる事がなくキチンと並べられている。こういう所にもスタイリッシュ感が溢れている。

「キングスマン」というプロ集団のミッションがずっと続くかと思いきや、エグジーやロキシーたちの候補生編が入ったのは結構驚いた。ただ、これをやることで「キングスマン」たちがいかに過酷な訓練を受けて来たかが分かるので、掘り下げの手法としては常套手段なのだろう。ロキシーが「ランスロット」を埋めて、ハリーが退場した後にエグジーがその穴を埋めるという流れも綺麗だったし、他の脱落した候補生(上流階級の人間)がラストのヴァレンタインの基地に居て、エグジーが危機に陥るのも上手かった。

そういえばこう、何の説明もなくキングスマン達に円卓の騎士のコードネームが与えられてるんだけど、このあまりの自然さっぷりというか「アーサー王伝説くらい当然知ってるよな?」という感覚がすごくイギリスって感じがしてよかった。これ、日本で言ったらマジで桃太郎のお供と言ったら「犬・猿・雉」だろうという位「常識」なんだろう。

「プリティ・ウーマン」とか「マイフェア・レディ」とか他の映画作品の名前が出てくるのもちょっと驚いた。あまり劇中で他作品のタイトルを出してる場面を見たことがなかったので、なんだろう…こういう「教養」というか「こういうのは抑えてるよな?」というのもイギリス感覚なんだろうか。イギリス人、オタク的なネタ会話(その元ネタ知ってないと楽しめない会話)好きそう。

あと、映画なのに「映画ならここで」とか「これは映画じゃない」とかZZのOPみたいなことを言いまくるのも、あれはなんなんだろう…こう…漫画なら劇中で「これは映画じゃない」とかいうのも分かるんだけど、映画なのに「映画じゃない」と言われても、支離滅裂な思考・発言の顔をしてしまう。

最初のOPで吹っ飛んだガレキでクレジットが作られるのを見て、ひょっとして思ってた以上にコメディ映画なのでは…?と感じたんだけど、ヴァレンタインの計画のガバガバぶりや電話一本で気軽に動かせる衛星、なにより最後の頭部大花火を見ても分かるように完全にコメディ映画だった。これはたぶん「キングスマン」という組織スパイの設定のゆるさを隠すためには敵がもっと大きくならなくてはいけなかったんだろうな。「シリアスになりすぎないスパイアクション」というテーマを考えれば納得だけど、「思ってたのと違うな…」と感じる可能性はなくはない。


しかし、キングスマンはなによりも大切なことを我々に教えてくれている。それは「格安SIM」には気を付けろ、ということだ。
2018
06,23
最初に見た時に微妙な違和感はあった。その後はあまり気にならなくて最後まで見ちゃって、エンドロールでがしゃどくろの撮影をストップモーションでやってる所が写ってて、もしかして…と思って調べてみたら全編ストップモーションの映画だった…。まじか…もう凄すぎて3Dとあまり見分けがつかないよな…。

でも、それを意識して見てみると服とかたしかに3DCGじゃ出ない布っぽい質感が出てるんだよな。いやでも、それにしたってなんかこう…鳥とか浮いてたし…まあ、さすがに人形劇って訳じゃないしワイヤーとかを消す処理はしてるんだよ思うんだけど。

映画を見るときはあまり事前に情報を入れないようにしてるんだけど、これはちゃんと事前にストップモーションで撮った映画だよという事を知った後に見れば良かったかなあ。確かにな~んかカサカサしてるなとは思ってたんだけど、折り紙がテーマの一つの作品だし、和紙っぽいテクスチャでも入れてるのかな~って思ってたんだけど、そんな単純な話じゃなかった。

バーフバリで五連弓打ってる場面でもそうだったけど、なにかというとゼルダを連想するのをやめたい。でもがしゃどくろ戦は完全にスタルヒノックスだったね…。抜いた刀を片っ端から折って本物かどうか確かめるところとか、同じ場面に自分が遭遇したら絶対同じ戦法取るわ…と思って見てた。あと、クワガタが四つん這い(手足六本あるけど)になった時のカサカサ感すごいね…完全にゴキ…と思って見てた。

ストーリーは良く言えば幻想的な感じ。ストーリーの流れも三種の神器集めなので分かりやすい。ただ、クボが狙われてる理由(「目を狙われてる」というのは分かるんだけど、その「目」をなんで狙ってるのかが良く分からない)とか、結局「月の民」は地上に何しに来たんだろう…とか、いろいろと置き去りにされている部分はあったと思う。

ただ、わりと珍しいパターンなんだけど、ストーリーは難解でもテーマは分かりやすかったんだよな。折り紙が、一度折られてもまた元に戻って別の形を象れるように、形は変わっても本質は変わらないということ。母親がお猿になったり、父上がクワガタになっても両親の愛はそこにあるという事、そしてたとえこの世から去ってしまったとしても、思い出は常に心にあるということ。

変わりゆくものと変わらないもの。ストップモーションで描かれたこの映画の制作過程にはデジタルとは違う実際のセットや人形があり、たくさんの「変わったもの」と「変わらなかったもの」があったと思う。それが作品のテーマに厚みを与えているのは間違いない。
2018
06,09
二人乗りロボットによるパートナーとの別れ、新パートナーとの諍いからの和解、司令官の搭乗などなど、日本のスーパーロボット系のアニメで「お約束」的なことを全部ぶち込んできたなという印象。この映画に対する「期待」にはきちんと応えていたと思う。

印象的だったのは、最初の「KAIJU」を壊滅的な被害が出たとはいえちゃんとアメリカ陸海空軍で撃退できているところ。これは絶対に日本ではない表現だと思う。日本だったら必ず自衛隊は壊滅して、その後にその作品固有の兵器で敵を撃退するのがお約束なんだけど、地上最強のアメリカ軍は例え未知の脅威であろうと敗北することは許されないのだ。「トランスフォーマー」だって一作目の段階ではアメリカ軍もちゃんと「パートナー」として機能していた。

とにかく美味しい要素がてんこ盛り。最後の敵がそれまで最強だったのカテゴリー「4」を超える「5」だったり、手動で自爆スイッチを押したりで電子系統がダウンしたけど、主人公機だけは旧式(?)だったので無事~!とか。

兄以外とはシンクロしないと言っていたローリーがなんでマコとシンクロする気になったのかは全く分からないけど、あれはきっとマコのタンクトップ姿が股間にクリーンヒットしたからだろう。

そういえばマコがネイティブであるはずの日本語の発音がカタコトだった事には一応理由はある(アメリカ暮らしが長くて発音を忘れた…的な)んだけど、いや、あの表現って普段は日本語→英語で喋っているのがあまりにも必死でつい「口をついて」出てしまうという表現なので、発音を忘れたような言語が口をつくだろうか…という感じはする。まあ、「カタコト」の方が英語圏の人の「聞き取りやすい日本語」になっているんだろうなあとは思う。とはいえ、この表現は多用するとくどい(というか回数が少ない方が効果的)のでせいぜい1、2回に留めるべきだった。

ツッコミ所は無数にある。「自爆スイッチ手動で押さないといけないとか正気か!?」とか「幼生の「KAIJU」とシンクロしても、記憶ないのでは…??」「ペントコストさんパイロット復帰しても訓練時間0秒はさすがにキツいのでは…??」「訓練中にプラズマキャスターが暴発しそうになった時に指令室のコード抜くと止まる(マジか)」など細かく気になるところは沢山あるのだか、そこは速やかに目をつぶるべきだろう。カッコイイロボット達がおぞましい「KAIJU」を撃破する、これ以上に大切なことはこの映画には存在しないのだ。

…最終決戦は海の中って分かってたのに全く水中戦に適用しようとしてないロボットフォルムは一体…いや、もうよすんだ。
2018
05,25
典型的な「ああ~~そっちに行っちゃうのおおお??」という映画だった。

一家惨殺された家の地下から傷一つない正体不明の死体が発見されて、それを解剖医親子が検死するというストーリー。「冒頭に死体を転がしておけ」のミステリ基本戦術に乗っかったオープニングだ。

死体を解剖するシーンは生々しいものの、リアリティがあって見ごたえがある。そして、死体を解剖すると次々に明らかになる「異常な事態」。女性の死体に付けられた「内側からの傷」、丸ごと飲み込ませられた花、儀式に使われる布…などなど。外見には傷一つないのに内部がめちゃくちゃに荒らされている、これは一体どういうことなのか…?

謎が提示されると、当然次に思い浮かぶのは「どんな鮮やかなトリックで外傷無く内部の拷問が行われたのか」という事だろう。いやが上にも緊張感が盛り上がっていく。しかし、そこに現れたのは…ホラーだった…。

いや、ほんと…惜しい…。なんかこう…前半の盛り上げが上手かっただけに、見慣れぬ人影とか猫の惨殺とか「第三者」の存在が匂わされて、死体が安置所から消えて作品が徐々にホラーにシフトしていくところとか「やめろ…やめてくれ…!」という気持ちでいっぱいだった。

まあ…ねえ…あんだけ肉体内部に刻印とか入れまくって外見無傷ってなったらもう超常の力に頼るしかないんだけど、そうじゃないだろう…と。それアリだったらなんでもアリじゃないか…になっちゃうんだよな。

推理モノを読んでいて「密室から脱出したのは犯人がテレポート能力を持っていたからだ」とか言われるようなもんなんだよな。

たしかに成り立つ。成り立つよ。お話なんだから。でもなあ~こう…う~ん…アンフェア…という言葉を使ってもいいのだろうか。

前述の密室テレポートだって、ドキッ☆能力者だらけの推理大会!とかの「前提」があれば密室からテレポートで脱出するのもOKだろう。それはそういう「推理」が成り立つからだ。

でも、これは違うよな…。外傷がなかったのは「魔法で治していたからです」って…。この残念感はぜひとも教訓として生かしていきたい。作品の方向性は必ず一致させなければならない。恋愛映画だと思ってたら急にバトル物になったり、兄を失った悲しみから立ち直るヒューマンドラマだと思って見てたら急にヒーロー物になったりしてはいけないのだ。

…いけなくはないが、視聴者の「とまどい」を生んでしまう。その「とまどい」を上手く「面白さ」に変換できれば良いのだが、これはかなり難しい。「思ってたのとは違う」はかなりのマイナスファクターだ。特に映画のような短期決戦の作品形態では視聴者が見てる間に体制を立て直すのが難しい。連載漫画のような作品を咀嚼する時間が十分に取れる媒体ならば立て直しも可能だろう。

ただ、ラストにジェーン・ドゥの遺体の傷が完全に治り、この惨劇が「犯人のいない一家惨殺」の様になっていたのは上手かった。そう、冒頭の一家もこの映画本編と同様の事が起こったのだな…という「謎」がちゃんと解けたからだ。

謎の核心である「魔法」に納得は行かないものの、この展開にはちゃんと「納得」があった。それはこの作品がラストには完全にホラーにスライドした証なのだろうと思う。

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