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吉良吉影は静かに暮らしたい

2018
09,17
名前は知ってるけど、見たことないから見てみようシリーズ。

これまでとちょっと違うのは、「ショーシャンクの空に」は見る前から割とあらすじを知ってしまっていて、「ポスターの裏にトンネルを作って脱走する」事を知った上での鑑賞となる。

まあ、もちろん公開から相当経っているし、有名な作品なので、見たことないけどネタは知ってるという事は往々に起こり得ることだと思う。そういう状態の映画を実際に見るとどうなるかな?と思って見てみた面はある。

結果的には、やはり「驚き」という面ではなかったものの、その事象が起こるまでの流れは正確に把握できたので、映画がかなり見やすくなったというのはあったと思う。ただ、「ショーシャンクの空に」そのものが、随所でレッドの解説が入ってくれるおかげでかなり状況把握しやすい映画だったので、正確な効果が分かりにくかった部分はある。

ロックハンマーやポスターなどキーとなるアイテムが集まってくるのはニヤリとした。ノートン刑務所長の刺繍の裏の金庫も、隠し通路のメタファーだったのだろう。ただ、あのポスターはどうなのかな…20年…隠し通せるものなのだろうか…。さらに、独房側の穴はともかく、脱出先の壁に思いっきり穴が開いてた気もするんだけど…。まあ、あれも一応隠してはいたのだとは思うんだけど。脱出の最後の最後で蹴破ったという可能性も無くはないか。「大雨」という排水管が一番活躍するときのそこを通るというのもかなり危険だ。

疑問もある。結局、デュフレーンの愛人とゴルファーを殺した真犯人は捕まっていないし、「6発入りの拳銃なのに8発撃った」という意味深な描写も特に生かされないままで終わってしまった。拳銃の弾はものすごく意味深に描写しているのでなにかあるのか…?と思ってたけど、特になにもなかった。あれなら別に弾を数える必要もなかったのでは、という気がする。明確な殺意を暗示するのには使ったけど…それだけのためにしてはなにかトリッキーなものを感じた。

やっぱり大ネタを知ってはいても実際に映画を見てみないと分からない魅力はあった。刑務所内の雰囲気、服役が長くなればなるほど、刑務所以上の「恐怖」を娑婆に感じるという現実。これは生々しかった。

刑務所では穏やかに過ごしていたブルックスが娑婆に放り出された瞬間に焦燥と無力感に苛まれ自殺する流れは痛々しかった。しかし、彼は何の罪で50年も服役していたのだろうか。それなりの罪ではあったと思う。刑務所で過ごした穏やかな日々は一見すると分からないものの、確実に彼に「刑罰」を執行していたのだ。ある意味で即座に死刑になる事よりも恐ろしい罰なのかもしれない。

刑務所内にあっても、デュフレーンが持ち込めたもの。それは彼の頭脳と希望を失わない心だった。傍若無人に振る舞う他の受刑者に最初はやられてしまうものの、直接の抵抗はせずに看守の方を抱き込み復讐するという手段は正直、スマートだ。

他の受刑者がレッド自身も「ルーティーン」と呼ぶ希望の無い、代わり映えの無い毎日に身を投じ、それが終わればその「ルーティーン」ですらマシと思える絶望が待ってる、そんな中にあってもデュフレーンだけは希望を失わなかった。どんな状況でも活路はある、希望を失わない限り。そんなメッセージ性を強く感じた。

もう一つはやはり「友」の存在だ。いくらデュフレーンが鉄の意志を持っていても、レッドという友がいなければ20年に及ぶ監獄生活には耐えられなかっただろう。だからこそ、デュフレーンは自分が夢見た生活にレッドを呼んだのだ。

脱出用の道具を「調達」してくれた礼の意味もあったかもしれないが、デュフレーンが居なくなったあとの刑務所にレッドが虚無感を感じていたように、レッドの居ない生活に寂しさを感じることがデュフレーンには分かっていたのだろう。

ラスト、青い空と海の元で再会するレッドとデュフレーンのシーンを見て、自分も友人に会いたくなった。希望と友人、本当に大切なものをこの映画は二つも教えてくれるのだから間違いなく名作なのだろう。
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