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吉良吉影は静かに暮らしたい

2018
11,04
「II」でマフィアとして確固たる地位と権力を保持しつつも兄のフレドを暗殺し、嫁からも恐れられ、子供も離れてしまったマイケル。正直、2のラストはあまりにもマイケルに救いが無さ過ぎて、まあ、もちろんマフィアという稼業上、それで幸せをつかみました!悪行、サイコー!!という語り口もどうなんだろう…となるので、あのラストは仕方のない面はあるとは思うものの、やっぱり、孫と戯れて穏やかに逝ったヴィトーに比べてマイケルがあまりにも可哀想だったな…というのが正直な感想だったので、マイケルの晩年を描いた3では、ちょっとこう…救いみたいなものがあるのかなと思ってたんだけど、いやあ~、全然でしたね!

3において描かれた死のシーンにおいても結局マイケルは全く救われておらず、それどころか緑と光に囲まれて孫と戯れながら死んでいたヴィトーの晩年と対比するまでも無く、廃墟で寂しく、痩せた犬が一匹だけ傍らにいる状態で死んだマイケルはあまりにも寂しい。これが血の粛清を続けて来たマイケルの代償なのだろう。

作品として見ると「2」での主題(マフィアやってても幸福になれない)が「3」でも再度語られたような状況になっており、「別にこれ3なくても良かったのでは…?」という気持ちになるのだけど、もともと「3」はナンバリングタイトルではなく、1・2の後日談としてマイケルの内面を語った外伝的に作成された物語という事で、ある程度の納得はできる。

確かに今回の作中で幾度となくマイケルはフレドの暗殺をずっと後悔していた事が明らかになったのは良かったと思う。正直、フレドの事など毛ほども気に留めずに暗殺した(「2」のマイケルの冷徹さならありえる)ものだと思っていたのだけど、どうやらそうではなかったらしい。もしくは時間の経過とともに自分のした事(ヴィトーが決してやらなかったであろう身内(血縁)の粛清)の重大さを身に染みて感じていったのかもしれない。

2で辣腕を振るっていたマイケルも、晩年になり病気を患い過去を思い起こすことが多くなったのかもしれない。ケイとの関係修復を試みたのもその一環だろう。

しかし、ゴットファーザーは本当に悪い癖があるんだけど、過去の重要キャラを告知無しで消さないでほしい。いや、これはもちろん「出演者」というものが存在する映画である以上仕方のない事なのかもしれないけど、それにしたって、トムほどの重要キャラをサラッと退場させないでほしい。息子は出ていたけど、それはそれとしてトムが死んだなら死んだともっとハッキリと言っておいて欲しかった。おかげで中盤くらいまで「トムどうしたんだろう…」って思いながら見るハメになってしまった。

トムはどう考えてもこの作品におけるマイケルの次くらいに重要なキャラであったはずで、2のマイケルがギリギリ人としてのタガを持てていたのはトムの存在によるところが大きい。たとえ死亡したという設定であっても、「トムが居てくれれば…」くらいのセリフがあっても良かったと思う。

2の時もクレメンザが唐突に消えて、クレメンザのシマを引き継いだのがフランクなんだけど、あの時もどうかと思ったんだよな…。ただ、フランクの時は裏切りで行ったり来たりする人物だったので、あの役をクレメンザにやらせるのはどうかな…?と思案した結果のキャラ交代として考えればギリギリ分からなくもなかったのだけど、今回のトムの突然の失踪はかなりマイナスだったと思う。

回想のラスト、マイケルと共に踊った過去の女性たちケイ、アポロニア、メアリーの全員がマイケルの元から去って行っていた(ケイ、メアリーは暗殺で死亡。メアリーを失うことになったケイとの関係修復は不可)のはあまりにも寂しい。やはりマイケルに必要だったのはパートナーだったのではないだろうか。

トムさえ生きていれば、最晩年をあそこまで寂しく過ごすこともなかった。作中人物が言ってくれなくても、おれが言うよ。「トムが居てくれれば…」と。
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