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吉良吉影は静かに暮らしたい

2018
11,24
そういえば、ドラ映画見たのなんていつぶりだろう…。数年前に鉄人兵団のリメイクをBDで見たのが最後で、新声優(という言い方ももうおかしいレベルだけど)になってからの完全オリジナルは初だ。子供の頃は毎年ドラ映画を見て、オマケのドラえもんを貰って帰ってたなあ…と懐かしく感じる。

結論から言うと、ドラ映画の文脈はしっかり押さえつつ、よくまとまってる良い作品だったと思う。名作と言われるのも頷ける。

本作はかなりの「応用編」だと思う。通常、ドラ映画は「時間」か「空間」(舞台)のどちらかを非日常に置くことで話が展開していく。「大魔境」なら時間は現代のままだけど、空間はアマゾンの奥地(未踏の地)、のび太の恐竜なら時間は白亜紀となるが空間は通常の生活空間(まあ、のび太の家の近所ではないけど…)等々といった具合だ。

カチコチは時間は10万年前、空間も南極大陸になる。二重の非日常設定だ。どちらか一つでも「冒険」の舞台としては実は十分で、「10万年前の南極大陸」だろうが、「現代の南極大陸」だろうが実は基本の舞台設定としては大して変わらない。仮に現代の時間設定で南極大陸の氷の下に地下都市があったとしても、普通に舞台設定としては機能する。実際、物語の中盤までは現代での南極大陸冒険が主目的になっている。

新ドラになってから最初の映画が「のび太の恐竜」のリメイクで、なんだか新しい事をするのをやめてしまったのかとがっかりもしたけど、そうではなかったのだ。この「カチコチ」の様な応用編をやるためにはまず下地として「冒険」や「時間旅行」の概念を子供たちに覚えさせる必要があった。(新ドラしか見たくない、という子供もいるだろうから旧作での予習が不可能になってる状況もあったと思う)そして、ついに満を持してこういう応用編的な作品を公開してもOKと判断するまでになったのだろう。

随所に見えるドラ映画文脈も懐かしい。氷の加工は「雲の王国」の序盤を思い出させる。あのドラ映画序盤特有の「なんでも出来そう」というワクワク感は最高にいいものだ。

かたくなに使われないスモールライト、テキオー灯でええやろと言ってはいけない「極地探検スーツ」。忘れて来たどこでもドア(そもそも忘れるのがありえないけど…)を「とりよせバッグ」で取り寄せないなどなど。ツッコミどころもいっぱいだ。いや、まあ、テキオー灯やスモールライトは劇中内では使われていないのでともかく、劇中で「とりよせバッグ」を別の場面で使うとは思わなかった。「カチコチ」は空間の冒険でもあるので、「どこでもドア」「とりよせバッグ」と言った空間系の道具は禁じ手となりやすい。

ただ、ドアの場合は「凍り付いて取り寄せられない」などのフォローを入れられる可能性はあったのだか…。

「宇宙開拓史」でもゲストで出ていたパオパオが出ていたのもビックリしたし、カーラたちの星の名前が「ヒョーガヒョーガ星」というのもファンには嬉しい小ネタだ。「宇宙開拓史」の舞台が「コーヤコーヤ星」「トカイトカイ星」と言ったネーミングだったので狙っていたのだと思う。そういえば、宇宙開拓史もリメイクされていたような。

今回の「大ネタ」である「電池の時を超えた受け渡し」も分かりやすくて良く出来ていた。最初「どこでもドア使用不可能 = タイムマシンによるタイムスリップ不可」の設定を聞いた時にタイムマシンはどの「場所」にでも出られちゃうからなあと思ったのだけど(忘れがちなのだけど、タイムマシンは「どの時間、どの場所にも出られる」という時間と空間両方を操れる二つの能力を持った禁じ手級の道具なのだ)、今回はそっちではなく、「「タイムベルト」と「電池」という二つが揃わないとタイムスリップが出来ない」という状況を作りたかったので「タイムマシン」は封印されたのだ。タイムマシンに電池ないからね。(まあ、なんらかの燃料はあるだろうけど…)

カーラの設定(ドラマ)である「自分の星を救いたい、でもリングは一つしかない」という葛藤は悪くはなかった。動機とドラマがちゃんと噛み合って機能はしていたと思う。ただ、状況的に見ればさすがに地球のリングを使ってヒョーガヒョーガ星を救うのは「ありえない」選択なので、葛藤の動機としては弱かったように思う。(劇中での扱いも「まあ、さすがにね…みたいな雰囲気だったし…」)

ほんやくコンニャクをカーラ側ではなくのび太側が食べるのはわりと見たことのない展開でちょっと驚いた。あれでも機能するのか…。まあ、この場合はのび太側が全員食べなければならないので非効率といえば非効率かもだけど。

最後の光るものを集めるコウモリが別のリングを見つけていて、それを元にヒョーガヒョーガ星を救うという展開も、一見ご都合主義に見えるのだけど、地球のブリザーガが「作りかけ」だったので、開発途中のリングが他にあっても不思議ではない。なので、「光るものを集めるコウモリ」という設定の上手さも手伝って実はちゃんと考えられてるのだけど、説明が足りなかったかな…。もっと作ってる途中のブリザーガの描写を増やして「リングが他にもある」という事をうすーく匂わせておけばご都合主義感はかなり軽減されたと思う。

エピローグ、天体望遠鏡で「10万光年離れた」ヒョーガヒョーガ星を見ることでカーラたちの解決を確認できるというラストはすさまじく美しい。大ネタの「電池の時を超えた受け渡し」も「氷によるタイムスリップ」だった。10万光年の時を超えた光を「見る」こともまた「光によるタイムスリップ」と言っていいだろう。

ドラえもんの道具の力を借りなくても現実の自然現象だけでも「タイムスリップ」は出来る、不思議なことはこの世界に溢れている、そんなメッセージを感じられるラストだったように思う。
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