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吉良吉影は静かに暮らしたい

2020
07,05

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2020
01,05
正直に言うと見ようとしたきっかけは「ポプテピピックのパロを見たから」だ。もちろん、名前は知っていてそのうちに…とは思ってたんだけど優先順位が上がったのは間違いなくあのパロのせいだと思う。まあ、見るきっかけはどうでもいいのだ。

シルヴェスター・スタローンの肉体美は言うに及ばず、痛みを伴うような迫真のアクション、緊張感のある爆発、炎上シーンなどCGにはない「味」が間違いなくある。スタローンが崖からの落下シーンでマジで肋骨を四カ所折って次のロッキー3の撮影が遅れたとかいう武勇伝も「すげえな」と思うけど、だからといっていまのCGを否定するものではない。この時はそれを「必要に迫られていた」からやっただけで、現代でそれを再現しても「ただの趣味」であり、この「それしかない」という追い詰められたゆえの選択から出る味はやはり出ないと思う。

派手なアクションとは裏腹、この映画の本質は「ベトナム帰還兵」という社会問題を取り上げている。ランボーは超人的なサバイバル技術を持っているものの、あくまで生身の人間である。傷付けば血が流れ(自分で縫ってたけど…)、炭鉱でネズミに襲われて苦戦し、そしてベトナムでのトラウマで深く心に傷を負っている。この映画の中で誰よりも強く、そして弱っているのはランボーなのだ。

街では保安官としての「力」を持っているティーズルが「おれが法だ」と言っていたのが森の中で力(ゲリラ戦)を持つランボーが「おれが法だ」と言い返すシーンがいい。法とは結局「力」を持ったものの方便に過ぎないのだ。

超人的に描けば描くほど、トラウトマン大佐の無線にだけは反応したりする人間らしい反応が際立つ。最後の最後、追い詰められて心情を吐露するシーンでそれは最高潮に達する。ランボーを寡黙なキャラにしたのも、最後の大爆発のための伏線だろう。それどころか彼はもしかしたら戦争に行く前は饒舌で、友人とも冗談を言い合うようなごく普通の青年だったのかもしれない。そんな想像の余地も残している。
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