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吉良吉影は静かに暮らしたい

2020
07,05

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2019
02,16
「でかいばかうけ」という前情報だけを元にアマゾンの奥地に向かった我々が目にしたものは「でかいばかうけ」だった…。

うう~ん、うん…。やりたい事はなんとなくわかったんだけど、何というか、こう…これも「最初に望んでいた展開にならないでなんとなく乗れなかった」類の映画だと思う。いやまあ、ばかうけはちゃんとばかうけだったので、そこの期待には応えていたのだけど…。

最初の印象としては未知の宇宙人が来襲して、その知的(?)生命体となんとかコンタクトを取ろうと言語学者が頑張る…という構図で、いかに「言語」の謎を解いていくかに比重が置かれるのかと思っていたのだけど、その言語自体の謎解きはルイーズがどんどん解いていってしまうので、視聴者には「ヒント」も与えられない。「こういう仕掛けだったのか!」という驚きも特に無く、物語の後半では完全に覚醒したルイーズの読解力を反映するように、文字に直接ルビが振られてしまい「この映画は別に翻訳ゲームではない」という事がありありと提示される。

なんというか、ラピュタでムスカが手帳片手に文字を解読して「読める…読めるぞ…!」って言って封印解くシーンが好きなんだけど、ああいうのを期待してたんだよな…。あの描写も、もちろん別に見ている側としては翻訳ゲームに参加したわけではないんだけど、この映画はムスカの「シーン」と違って、それが「主題」に置かれているので、そこでガンガン先に進まれるとかなり「置いてけぼり」感はある。

言語解析の「置いてけぼり」感はともかく、序盤から提示されていた「未婚の」ルイーズの子供の描写はちゃんと謎として機能していて、こちらの方はちゃんと「解」も用意されていた様に思う。すなわち、最初の方で「言語が認識を決定する」という伏線(?)に則って、「ヘプタポッドは未来も現在も一元的に捉えることが出来る = その言語を習得したルイーズも未来視の様な力を得る = 過去と思われていた娘の描写はルイーズの見た未来」という回答だ。

つまり、この映画にとって「言語の解析」というのは「未来視を得るための過程」であり、本当のテーマは「未来視によって決定してしまっている不幸な未来 = 早死にする娘」を認識していたとしても、その未来を受け入れて娘と出会う事を選択するというものだったのだ。ここのところのテーマのずれが違和感となって今一つ映画に入り込めなかった要因になっていたのだと思う。もちろん、この路線変更を素直に受け入れられた人は満足できる出来ではあっただろう。

あとルイーズはともかく、イアンが本当に役に立っていなくて、あの影の薄さで本当に愛が生まれるのだろうか…という疑問がかなり残った。ウェバー大佐とくっついた方がまだ意外性もあってよかったまである。
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