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吉良吉影は静かに暮らしたい

2018
09,16
題名は知ってるけど見たことない映画をどんどん見ようシリーズ。

3時間に及ぶ再生時間に二の足を踏んでいたのだけど、やっぱり見てよかった。2は200分あるらしいのだけど、見てみたいという気持ちになっている。

長時間映画は時間に余裕があるからか、セットアップ部分がタラタラしてる印象があるのだけど、ゴッドファーザーは最初の一分、ドンに「依頼」をしているシーンからもう面白かった。まさにマフィアのボスに裏の仕事を依頼しているテンプレイメージそのもののシーンである。(ただ、この冒頭の「お願い」シーンと結婚式がなんだかんだで30分続くのでセットアップがゆっくりしているのは間違いない)

Wikiを見てようやく理解したのだけど、シチリア人は「娘の結婚式にされた依頼は断れない」というものがあるらしい。だからみんなヴィトーの娘の結婚式にお願いに来てたのだ。結婚式の華やかなシーンと暗い依頼シーンの対比なのかなと思ってた(演出の意図的にはそれもあるんだろうけど)んだけど、それだけではなかったらしい。

こんな感じで、補足説明してくれればもっと分かりやすいのになあという場面が結構出てくる。説明役がセリフで補足をして「くれない」というのは映画がアニメや漫画と違う所だよな、と思う。(してくれる映画もあるけど)

強大な権力を持つ「ゴッドファーザー」、ヴィトーを中心としたコルレオーネファミリーの冷徹なまでの暴力と政治力を用いた「交渉術」、麻薬には手を出さないという信念、息子には堅気でいて欲しい(まあ、ソニーとフレドはもう幹部だったけど)という流れ、マフィア間の抗争などなど、今現在「マフィアの世界」としてイメージしているそのもののシーンがどんどん出てくる。それほどまでにこの作品が後の創作や世間の「イメージ」に与えた影響は大きいのだろう。

個人的にはジョジョへの影響をめちゃくちゃ感じた。最初のファミリーへの依頼シーンは「眠れる奴隷」のブチャラティへの花屋の親父の依頼シーンそのものだし、ファミリーの「ルカ」という名前や、ラストシーンでマイケルが新ボスになり、扉が閉じるシーンはジョルノがボスになってミスタが窓を開けるシーンを彷彿とさせる。

ストーリーもいいが、何といってもキャラがいい。ヴィトーは物腰も落ち着いていて紳士的なのに、瞳の奥に有無を言わさぬ「凄み」を感じさせる。まさにゴッドファーザーのイメージそのものだ。

最初は堅気だったマイケルがヴィトー襲撃を機にマフィアとして染まっていく様子もいい。逃亡先のイタリアでアメリカ時代の婚約者の事をすっかり忘れて現地の娘にいきなり求婚しだしたり、アメリカに戻ったら即座に元の恋人とヨリを戻そうとしたりして女癖は悪かったけど。まあ、イタリアで結婚した娘は暗殺に巻き込まれて死んでるんだけどさあ…。

ファミリーに忠誠を誓う弁護士のトム、短気なソニー、なんだかんだで頼りになるクレメンザなど、ファミリーの面々も良いキャラが揃っている。稼業の冷徹さとは裏腹に、ファミリーの内側に居さえすれば「心地よさそう」と思わせてくれる雰囲気がある。その分、裏切者や敵対者には容赦がない。そんな「マフィアの世界」に映画を通じて浸らせてくれるのだ。

映画は普段とは違う「別世界」を体験させてもらえるものだという事を強く感じた。それゆえの180分なのだ。自分がまるでコルレオーネファミリーの一員になったような「体験」。それを感じさせてくれる「ゴッドファーザー」はやはり世代を超えた名作なのだろう。
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2018
09,15
これも例に漏れず題名とドアの隙間から見えるイカれたおっさんの顔だけは知ってるけど、中身は知らなかったので見てみたシリーズ。

色々言いたいことはあるんだけど…すごい作品だとは思う。特に前半の一時間位はこう…「小説家のジャックが小説書く片手間にホテルの留守番役を任されるんだけど、そのホテルは曰く付きで、息子はなんか不思議な力を持ってます」みたいなセットアップが行われるんだけど、ぶっちゃけかなりゆったりめに感じるんだよな。

物語的に大きな動きが無いので気持ち的には節分の豆を延々と食べてるような気分になるんだけど、なんだかんだで興味を引かせられる演出の力がすごい。双子の女の子がポンと出てくるのとか、廊下が血の洪水に飲まれるやつとか、ああいう視覚的に衝撃的なカットを挟むと視聴者の気持ちが途切れにくいのだなと思う。

演出面ではかなり惹かれるものがあったものの、ストーリー的にはかなり微妙。というか、提示された要素が全然生かせてない。結局「シャイニング」がなんだったのかよく分からずに終わってしまったのもかなりモヤモヤする。ダニーが持っている何かの能力、ということ以外なにも分からない。

ハロランも同じ能力を持っていたらしいのだけど、彼は胸騒ぎがして雪上車に乗ってホテルに来てくれたのはいいんだけど、来て早々ジャックに殺されてしまったので、シャイニングが何かを提示しているヒマが無かった。(なにかしてくれそうなハロランが何もせずに退場したのは結構驚いたし、なんだかんだで彼の乗ってきた雪上車に乗ってウェンディとダニーは脱出できたのだから、まあ、この早期退場自体はそこまで悪いものではなかったと思う)

うーん、最初にダニーと会話した時に「アイスが欲しい」と言っていたのが通じたり、おばあちゃんと会話なしに意思の疎通がが出来たというエピソードを見るに、「シャイニング」を持つもの同士は意思の疎通が出来る…とかそんな感じなのかな。ホテルに助けに来てくれたのも、ダニーのピンチを「シャイング」を通じて感じ取って来てくれた…とか?

まあ、結局この作品は「呪われたホテル」(虐殺されたインディアンの呪い?)の呪いがジャックに掛かって狂ったジャックが妻と子供に襲い掛かるというシンプルなストーリーなので、いろいろ目をつぶって「恐怖演出」を楽しめばいいだけな気もするんだけど、一個だけ絶対に許せないのは倉庫に完全に閉じ込めたジャックが超常現象の力で脱出した事なんだよな。

それまでのパーティの様子とかは「幻覚」で済ませられるけど、「倉庫からの脱出」という物理要素を超常の力を借りてやってしまうのは自分の中では「一線を超えた」NG。

めちゃくちゃ頑張って擁護するなら、今回の元凶はホテルそのものなのだから「力」のスタンドの様にホテルそのものが超常に支配されていて、鍵を開けたりすることも可能という解釈が出来ないこともないのだけど、あの倉庫からジャックが脱出した瞬間にこの映画に対する緊張感が解けてしまったのは事実なのでしょうがない。その後の有名シーンである斧でドアをぶち壊すシーンも「はいはい」という感じである。

うーん、先週の「IT」でもうすうす感じていたんだけど、個人的にホラーが苦手なのかもしれない。というのも「ホラー」はかなりシーン単位の驚きが優先されるところがあって、シーン単位を盛り上げることを優先して説明はつかないけど、こういう「画」があったほうが盛り上がるでしょ!というのをぶち込んじゃうんだよな。演出としてそういう手法も当然理解は出来るんだけど、ここは好みの問題で、個人的には描写をしたならちゃんと責任を持ってほしいんだ。

もちろん、劇中で全部説明されると興ざめするというのも分かるので、そこら辺の「さじ加減」が難しすぎるんだよな。個人的には「シャイニング」は説明不足過ぎると感じたけど、逆にこの「説明のなさ」が見た人それぞれの解釈を呼び起こして今に伝わる「名作」になってる気もしている。

ただ、最後の最後に見せてくれたジャックの氷漬けが面白かったので星は一個上乗せ。ジャックの顔芸だけはやっぱり時代を超えてすごかったことだけは間違いない。
2018
09,08
とりあえずあのレインコートの子供が排水溝にいるペニーワイズに引き込まれる、パロされまくってるシーンが冒頭10分で出て来たのでちょっと驚いた。あの場面、こんな冒頭も冒頭だったのか…。

あのパロだと引き込まれた直後に葬式のシーンがあるので、アレっと思ったんだけど、パロされてるのは1990年版の方なんだね。でも、この作品は「行方不明のジョージーを探す」というのがモチベーションになってるので、葬式されちゃったらそのモチベが消失してる気もするんだけど…。話の構成がかなり違うのかな。

ペニーワイズの場面は確かに怖い…怖いんだけど、「大したことない」んだよな。最初のうちは怖いんだけど、段々と「あること」に気が付いてしまう。というのも、ジョージーと不良グループの一人(名前が分からないけど)以外、ペニーワイズのに襲われても死なないんだよな。ベバリーとか、どう考えても洗面所の血だらけ場面で死んでるはずなのに生きてるし、最後のフワフワ浮いてる所とか完全に死んでたのにまだ生きてるし。

エディも二階から落ちてそのまま死んだかと思ったら生きてるし、なによりもビックリしたのは絵におびえてる少年のスタンリーが、ラストダンジョンの排水溝で思いっきり頭からかじられてるのに無傷だったこと。いや、あれは…死んだだろう…。死んでないと…ダメだろ…。

結局のところ「恐怖」っていうのはその根底に「死」がある訳で、どんなにおっかなビックリな演出をされても最終的にノーダメージで終わってしまうとジェットコースターやお化け屋敷的な「安全な」驚きしかない。これではどんなにペニーワイズが頑張っても全然恐怖を感じない。明らかに失敗だと思う。「“それ”が見えたら、終わり」って言ってんのに終わってないんだよな。

でも、これは仕方のない部分もあって、最後に「第一章」と出ていた通り、多分これ続編(大人編)があるんだろうと思う。その前に「またこの街にペニーワイズが出たら集合しよう」みたいな描写があったし。そのためにも、メインの登場人物に欠員が出ることが許されなかったのだ。

不良グループもかなり存在意義に疑問が残る。アメリカのスクールカーストの表現なんだろうけど、必然性をあまり感じない。ペニーワイズ、不良グループ、負け犬クラブの3組による攻防という図式はいいと思うし、不良グループの一人がペニーワイズに襲われた時は「化け物には化け物をぶつける」理論でちょっと面白かったんだけど、意外と…こう…跳ねなかった。あ、でもマイクがペニーワイズに襲われそうになった時に空気の読めない不良の車が邪魔をして助かった場面も良かった。不良グループにはああいう「意外性」を期待していたのに(助かるだけでなく、ペニーワイズを追い込んだのに不良のせいで逃がす…みたいなピンチがあっても良かった)まあ、不良グループもペニーワイズにそそのかされてたね…みたいな…感じで終わってしまったのは勿体なかった。

文句ばっかりなんだけど、ペニーワイズに対するダメージの通り方も微妙。結局のところ、ペニーワイズはどっかの人間のおっさんが仮装してる存在じゃなくて正真正銘のこう…超常的存在なので、こんなところに突っ込むのもアレなんだけど、物理攻撃が効いてるんだか効いてないんだか良く分からない。はっきり言うとダメージで言えば最初の井戸の館に乗り込んだときにベバリーがペニーワイズの頭を棒で貫通した時点で勝負は決まってるはずなのに全然効いてないし、かと思えば最終戦でのみんなの集団リンチシーンでの攻撃は効いてるように見えるし…。良く分からない。

まあ、あれも最終戦ではみんなが一つになったことでペニーワイズへの恐怖が消えて、その立ち向かう心で攻撃してるから効いてるんだろうな…っていうのはなんとなく分かるんだけど、それはそれとしてベバリーのクリティカルヒットがチャラになってるのは納得いかないんだよな…。

ベンのデブなのにすごいイケメンな目をしてるところとか面白かったし、詩とかでベバリー興味を引いてたのも良かったのに、最終的に結局ビルに取られてて、やっぱイケメンには敵わないのか…と釈然としない気持ちになった…。

いや、あの…そいつ浮いてるあんたを放置して弟追っかけてたんですけど…。まあ、ジョージー奪還はこの作品の最重要事項なのでまあ、しょうがないっちゃあしょうがないんだけど、キスで助けてくれたのはベンなんだよ…。なんでなんだよ…。
2018
08,19
冒頭。立ち上げシーンで「身分の違う恋」というこれだけでも一本映画がとれそうなネタを爆速で仕上げていく。軽やかなミュージカルシーンでミュージックビデオを見るように一気にスッとストーリーが入ってきてしまう。ミュージカルの強みだ。

二人は幸せなキスをして終了…からがこの映画の始まりなのだ。上流階級と下流階級。チャリティを手に入れたことで解決したかに見えるこの構図はバーナムにずっと黒い影として付きまとう。

「プロモーターが主人公」というのも新鮮に見える。野球で言う監督ですらない、言うなればオーナー?でもないな。NBPとか…?まあ、とにかくあまり見たことが無い視点から物語が展開する。それだけでも面白い。

バーナム自身の明るいキャラクターと強い意志、ミュージカルシーンに支えられて、暗くなりがちな展開にも関わらず軽快にストーリーが進んでいく。「ユニークを集めたサーカス」というかなりな危険なアイデアも明るく、華やかなものとして描かれている。

ただ、サーカス面子の歌とダンスがすごすぎて、バーナムのバレエをやってる方の娘が「バレエはサーカスとは違って高度な訓練が必要」っていうシーンがあるんだけど、確かに、史実としてのバーナムのサーカス小屋はユニークたちを「見世物」としていた「ショー」とは程遠いものであったはずなので、このセリフは成り立つんだけど劇中のサーカスはマジで現代舞台も真っ青の超高度な舞台に仕上がっていて「いや~、あれは高度な訓練が必要だよお嬢ちゃん…」という気持ちになってしまう。

娘と言えば、二人の娘がキャッキャしてるのは非常に可愛らしいんだけど、バレエをやってない方の子の存在意義というか、必要性があまり感じられなかったんだよな…。史実としてバーナムに二人の娘が居るから~とかかもしれないんだけど、娘一人でも良かったような…気がしないでもない。

正直言うとバーナムがすごい悪いヤツに見えるんだよな。劇中でも触れられているけど、自分の野心…というか、野望のために集った仲間を口先で利用して平気で裏切るような、そんなキャラクターとして描かれてる。それはもちろん、彼自身が幼少期に受けていた身分の低い「仕立て屋の息子」としての扱いに起因するトラウマの様なもの(「上流階級へ認めさせる」ことへの異常なこだわり)なので、結局は彼を虐げた上流と下流というこの社会の構造が原因であるのだけど。あと、演者というか、この…ショービジネスに携わる人間から見たプロモーターのイメージというのが「そういうもの」という皮肉も込められているのかもしれない。

新たに仲間にしたフィリップの戦略は素晴らしかった。えてして「ゲテモノ」扱いを受けていたサーカスに「エリザベス女王の謁見」という箔を付けたのだ。狙うべきは頭から、というこの戦略は実現さえできれば本当に有効なのだ。

しかし、この「箔」を付けるために行った行為は、逆にバーナムとオペラ歌手のジェニーとの出会いを生んでしまう。もちろん、ジェニー自身は悪いキャラクターではない。恵まれた生まれではなかった自分の環境から、慈善事業も積極的に行う善良な人間だ。しかし、バーナムはチャリティの父親(上流社会)を見返すことに躍起になりすぎていて、上流階級で受けそうな出し物(オペラ)に流れてしまう。それまでの彼を支えていたサーカスの出演者たちを隅に追いやるようになるのだ。まるで昔の自分が上流階級の人間に受けていた扱いの様に。ここの心の動きがめちゃくちゃリアルでこれを描くとバーナムが悪いやつになるんだよなあ…っていうのが分かっていながら敢えて描写されている。

それでも、バーナムが主人公としての「格」を失わなかったのは、燃え盛るサーカスの中からフィリップを救い出したからだろう。これはおそらくフィリップでなかったとしても、サーカスの出演者の誰であっても、彼は炎の中に助けに行っただろうという確信を持てるシーンだった。この一点が契機となって彼の評価は逆転していく。

オペラ興業が失敗し、ジェニーとの不倫疑惑で妻も娘も失い、サーカスは焼け、全てを失ったバーナム。その状態になって初めて、彼は自分がショーに何を求めていたのか、なぜ自分がショーをやろうと思ったのか、それを思い出した。それはチャリティと初めて出会った時、上流階級のマナーのしがらみにとらわれていた彼女を「笑わせてやろう」と思った時の、自分の中から自然と湧き出した気持ち、すなわち「人を笑顔に、幸せにしてあげたい」という願いを思い出したのだ。

それが彼の原点であり、ショーにおいて…いや、人が人を楽しませるおよそ「表現」と呼ばれるもの、それらすべてに共通する、最も大切なものなのだ。

思い出の海岸でフィリップと再会するチャリティ。彼女の言葉「私は愛する人だけを求めた」は重い。上流階級の暮らしを捨て、常にバーナムを支え続けた彼女の言葉。最初から最後まで信念を貫き通したのは彼女の方だったのかもしれない。
2018
08,19
いや~、これ話題にはなってたんだけど、決定打だったのは好きな作家さんが「何も事前情報入れないで見に行って」というオススメをしていたからなんだけど、本当に事前情報なにも入れないでおいて良かった…。正直、なにも情報を入れないで映画館に映画を見に行くのってかなりリスキーなんだけど、それまでの「信頼」だけでそれをやらせてくれる人っていうのは大事だよな…。

まあ、もうこんな辺境の地にまで文を見に来るってことは当然視聴済なものとして、ネタバレガンガンで書いていきますよ。

前半のゾンビ映画パート。正直、開始早々からこの映画は「ゾンビ映画を撮ってたら本物が現れてパニックになるんだけど、それはフェイクで、そのパニックを利用して映画を撮っていた」っていうオチかと思ってたんだけど、真相はさらにそのもう一枚上だった。

だから、監督が「これが本物の映画だぜ~!!」って乱入してきて映画を劇中で「撮り始めた」時に、「そのオチじゃないのか…」とちょっと驚いた。驚いたんだけど、最初の予想がそのまま的中するようではオススメしてないだろうな、という妙な信頼感もあり、そのままゾンビシーンが流れていった。

不自然な個所はあった。ケガを延々と気にしたり(パニックになって支離滅裂になってるのかな…)とか、「ちょっと」って言って外に出る人とか。カメラが思いっきり地面に落ちたり、ナタが不自然に落ちてたり。最後におばさんが立ち上がって「なにあれ」って言ったり。ゾンビ映画シーンをあえて真面目に評するなら「妙に臨場感だけはあるけど、勢いだけのむちゃくちゃな映画」という感じだと思う。

それが一転、制作パートに入ってから、すべての違和感に合点が行くように出来ていた。まず出演していたはずのおばさんが監督のただの奥さん役で出ていたのもびっくりしたり、なにより監督が役と全く違う温厚な人物だったのもめちゃくちゃ上手かった。監督は本当にすごい。キャラを立てるというのはこういうことなのか…という感じである。

ゾンビ映画パートの勢いだけ感とは裏腹に制作パート編の緻密さは特筆に値する。とにかく無駄なシーンがないのだ。すべてが伏線、すべてに意味があるように出来ている。ここでいう「意味」とはゾンビ映画パートで発生した違和感に対する「回答」だ。

正直言って制作パートの無駄の無さは神懸かり的である。なにせ、この映画は三部構成で「ゾンビ映画編」はおそらく劇中の放送時間と同じく30分。(思い返せばゾンビ映画のテンプレートをそこそこのクオリティで30分に収めたのもかなりすごい)この映画の全体の上映時間は96分しかないので、「制作パート編」「ゾンビ映画裏側編」と合わせても66分しかないのだ。

その中で、番組の成り立ち、監督の葛藤、娘の上手く行かない感じ、母親の過去、細田さんの酒、クロちゃん(違う)の神経質な様子…etcを全て説明しきらなければならないのだ。ここで、時間が無い中で伏線を張り巡らせるために「複合伏線」が貼られることになる。つまり、酒のせいで家族関係の上手く行っていない細田さんの話の中に「娘の写真」を出すことで、ベロベロ出演の伏線とラストの決め手(組体操の着想)になった監督の「娘の写真」の伏線を融合させてしまっているのだ。細田さんが娘の写真を見て元気をだしているのと同様に、監督も娘の写真を見て元気をだしていた。いつも見ていた娘の写真に写っていた肩車、それが最後の決め手の着想になったのだ。もお~、素晴らしい。マジかよ。

おそらくこのような伏線の整理と複合が行われることで極めてスピーディかつ正確にラストの「ゾンビ映画裏側編」へと繋がる描写が積み重ねられていったのだ。しかも、これが一番重要なのだけど、それを感じさせない。ものすごいコメディタッチで描いていて、見ている方に「伏線の積み込み」を感じさせないのだ。全くストレスなく伏線描写を積み重ねていくその様子はまさに神業。

そのような神業の先に待つ「ゾンビ映画裏側編」はさながら答え合わせの様相を呈している。最初の「ゾンビ映画編」で感じた「違和感」がどんどん消化されていくのだ。見ていて気持ちがいい。「あそこの違和感はどんな裏側がまっていたのかな?」とどんどん「次」が見たくなっていく。ものすごいカタルシスだ。

ケガのシーンは実際に場を持たせていただけだし、「ちょっと」と言って出ていくクロちゃん。「本名言っちゃったよ」の名ギャグ。ゲロはNGと言ってたけど思い切り吹かれてたよな…とか、交代した瞬間にやりたいって言ってた「アップとズームを繰り返す」をやったりとか、階段で執拗に撮っていた逢花の尻のシーンについてはスルーか…とか。

現場の生放送という極限の状況下において登場人物が必死であればあるほどに生まれる「シリアスな笑い」。自分の見た劇場でも、「ゾンビ映画裏側編」では各所で笑いが起こっていた。

でも、おれは全然笑う事が出来なかった。もちろん、シリアスな笑いとして描かれていたし、他の人の「笑う」というリアクションが「正解」であることに間違いはないと思うんだけど、登場人物全員(酒飲んでた細田さん除く)がこの生放送を乗り切ろうと奮闘している様子に本当に胸を打たれた。無数に起こるトラブルにその場その場の判断で対処していくスタッフたち。

「ゾンビ映画編」で小屋で逢花が息を潜めてやりすごしたものすごい緊張感のあるシーン。あそこでは一体何が起こってたんだろうと思ってったら、斧回収のカンペが提示されていただけだった。ずっこけるよ!ずっこけるけど、なんかもう勢いで使っちゃった斧もラストで必要だからどっかで再入手させないといけない…とかリアルタイムで事態が迫っているのだ。「なんとかするんだ」というまさに戦場のような緊張感。

そしてラスト。一番気になってたおばさんの「なにあれ」の回答。これが本当に素晴らしい。前述の写真の伏線を生かした「組体操」。その前の、それまで妥協に妥協を重ねてきた監督が「ここだけは譲れない」とした血の魔方陣を映すシーン。「これを映さないとこの映画なんだったのってなるでしょ!?」というシーン、あるよね…。あるんだよ…。分かる…分かるよ…!!ディレクターの「そんなの誰も気にしてない」っていう言葉もさ…分かるよ…でもさ、やっぱり映さなきゃいけない場面ってあるんだよ!監督のそれまでに溜めに溜めた妥協が一気に反転したシーン!!

しかもその組体操ってのがまたいいんだ…!スタッフ総出で、まさに「みんなで作り上げた」この映画の象徴の様な組体操。もうね、本当に素晴らしい。これ以上にないラストシーンだった。

なんというか、話題では「低予算の映画がすごいヒット!」みたいな扱いをしてたんだけど、これ低予算関係ないよね。カツカツになるまで練りに練った脚本の勝利。そして、劇中の人物たち同様に「なんかあっと驚かせてるものを作ろう!」というスタッフの熱意の勝利だと思う。

そして、なにより「おれを信じてなにも聞かずに見て来いよ」と言ってくれる人のありがたさ。それを実感した映画だった。

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