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吉良吉影は静かに暮らしたい

2018
01,08
見よう見ようと思ってて、そのまま放置してついにTV放送までこぎつけてしまった。ネタバレは随分回避したつもりだったけど、TV放送から時間を少し置いてしまったので、ここまでギリギリで回避してきたのに、「入れ替わりとは別に時間トリックがあるらしい」ということと、「隕石落ちるらしい」という二大ネタバレをくらった後での鑑賞となってしまい、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

ただ、もうこの映画のネタバレは踏んだ方が悪いという状態だったので、それに関しては私が悪いのでしょうがない。

「男女入れ替わり」というネタで一番困るのは「入れ替わったからなんだっていうんだ?」というストーリー作りの部分だと思う。

なんというか、「思い入れのあるキャラたちが入れ替わってのキャラ主体のコメディ」とかなら分かるけど、思い入れも何もないキャラが入れ替わっても見てる側としては「そうですか…」という感想以外なかなか出てこない。そこで効果的に機能するのは「「三年」という時間のずれによる事故回避」というストーリーである。

結局、「君の名は」で優れているのは「距離」(空間)に加えて「時間」の入れ替わり要素も加えた、という一点に集中していると思う。仕掛けがシンプルで分かりやすく、とても素晴らしい。この要素を最大限生かすようにシナリオが組まれている。

日本人は幼少のころからドラえもんに慣れ親しんでいるため、時間のトリックに関してはかなりカンが働く方だと思うので、このシンプルな仕掛けなら多くの人が「そういうことか」という「納得」を得られたと思う。大ヒットの陰には確実にこの「分かりやすさ」があると思う。

話運びも上手くて、最初の三葉視点の入れ替わりを飛ばすことで「謎」をまくことと時間の短縮に成功している。

あと、クレーターで二人が出会うとき、はっきり言うとあそこは三年という時間が隔てているので二人が出会うのは理屈で言うと不可能なんだけど、事前にしつこく「逢魔時」の説明を入れていたおかげで、「「逢魔時」なら不思議なことが起こってもしょうがない」という謎の納得感を見てる側に与えることに成功している。この手法はわりと見習いたい。ただ、正直あの雰囲気なら「逢魔時」の前フリが無くても、雰囲気でごまかしてもいいかなという感じなので、一応「逢魔時」の前フリを入れるだけ新海監督がマメな人という証明なのかもしれない。

ただ問題だったのは「滝君たちはいつお互いを好きになったのかさっぱりわからねえ」という事だ。滝君の必死の救出劇も「三葉が好き」という原動力がないと説得力がないのだけど、どこで好きになったのか全然わからなかった。いつの間にかそういうことになっていたので、まあ、そういうものだろう…と思って流すしかなかった。

「全然分からない、滝君と三葉ちゃんは雰囲気でカップルになっている。」
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