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吉良吉影は静かに暮らしたい

2018
02,25
めちゃくちゃすごいな…!!

めちゃくちゃすごいよディズニー…!!

いやまず、設定が最高だよな。「悪役だってヒーローになりたい」。この考え方はこの作品のメインターゲットである子供たちに自分たちが普段ボコボコにしてる相手にも「思い」があったり「感情」があったりするのではないか…?という「想像すること」を自然に促せる。最高だ。この時点でこの作品が作られるべき理由は十分にある。相手に対する気遣い、想像、思いやり。それはこの映画を見た後に続く人生において、もっとも大切な財産になる。こんな素晴らしい視点がわずか104分で手に入るのだ。映画最高、ディズニー最高である。

「フィックス・イット・フェリックス」の住人たちはちょっとあまりにもラルフに対してひどい扱いをしている気がしないでもない。でもこれは、「ラルフが居なければゲームが成り立たない」という事に対して想像が出来ていないのだ。ラルフが居て当たり前、ラルフは壊す、住人はそれに対しておびえる、そしてヒーローのフェリックスがそれを直す、という「構図」しか頭にない。そしてそれはこの映画を見る前の子供たちを暗喩している。この映画を見て、「住人たちひどいな!ラルフが居なかったらダメじゃないか!」って思ってくれればよいのだ。

フェリックスはちゃんとナイスガイだった。「ラルフを止めるのは僕の役目さ!」はすさまじく痺れるセリフだ。しかし、その彼ですらも牢屋での邂逅まではラルフの本当の思いを汲み取ることはできていなかった。それほどまでにゲームにおける「役割」の先入観は強いのだ。

先ほどの「ラルフを止めるのは僕の役目さ!」の前には軍曹の過去シーンが挿入され、「結婚相手が式当日にサイ・バグ殺される」という、まあ、言ってしまえば「よくある」設定が披露されるんだけど、その描写はわずか10秒である。誇張なしに10秒だった。でもこの10秒で軍曹のキャラがグッと立ったし、のちのフェリックスとの恋仲になる伏線もはいってる。とてつもない10秒だ。

軍曹の10秒キャラ立てと「ラルフを止めるのは僕の役目さ!」が立て続けに来てあまりのすごさに声が出た。いや、正直ディズニーは映画館で見れないよ…。おれ、絶対に叫んじゃう。キャンディ大王の正体バレとか普通に叫んだ。

いやー、キャンディ大王の正体、また腰を抜かしてしまった。アナ、ズートピアに続いて正体バラシでビックリ出来て最高の映画体験ができている。いやしかし、よくこれ…回避できてたな…。最近TVでやってた気もするんだけど。これまで全然映画に関心が無かった(無かった…訳じゃないんだけど見る機会がなかった)のが逆に幸運になっている気がする。

まず「ターボする」という単語だけがゲームに出てくる。最初に単語に反応するのがベガ(だったと思う)なものだから、ストリートファイターのあの「ターボ」なのかな…?とか考えて「加速する」とか「バージョンアップする」とかのこと??とか思うわけだ。おそらく、これは意図的であそこにストリートファイターのキャラが居るのはこの「ターボ」を隠蔽するためでもあったと思う。

それからしばらくすると文脈から「他のゲームに移動したりすること」なのかな…?という風にふわっと理解できるようにはなる。でもなかなかその単語に対する説明が出てこないので、その単語が引っかかり続ける。アメリカではメジャーな概念なのかな…?とか思い始めた時にちゃんと「ターボ」の説明が入る。完璧なタイミングだ。

これが本当にすごいんだけど、この時に、「ターボ」の概念と共に「キャラ」がその存在を示唆されるんだけど、ターボがようやく理解できたことに対する安心感が先に来ているので、そのキャラのことは完全に視界から消えてしまう。でも、視界から消えるだけであって、そのキャラが「居た」ことは覚えてる。なんという脱臭効果。しかも説明を素直に聞くとターボは撤去された筐体ごとゲームから消えたかのように理解できてしまう。す、すごい…。

ヴァネロペに対する対応も完璧だ。彼女の登場は他のキャラに比べてかなり遅い。軍曹よりも後だ。それでも彼女のキャラ立ては抜群だ。可愛らしい動き、少し小憎たらしくてそれでも憎めない言動。そしてなによりも「バグ」による描画のズレ。描画のズレは明らかに異質であり、それは彼女の消滅を予感させるに十分な不吉な兆候に見える。彼女が明るく振る舞えば振る舞うほどこの先に待つ別れを予感させる悲しみと相まって彼女に感情移入してしまう。

そしてこの「バグ」の要素を使う事で、彼女の「排除」を理をもって行う事が出来る。「ヴァネロペのバグが公になればゲームが撤去されてしまう」というキャンディ大王の説明は理屈が通っていたし、実際この説得で一度ラルフも帰ってしまう。「真実の途中」による偽装だ。ズートピアの構図にわりと近いかもしれない。

ズートピアはウサギ市長の画策により肉食獣たちを暴れさせる弾丸を使って暴れさせ、それをライオン市長が監禁していた。ジュディはライオン市長の監禁(真実の途中)までは辿り着き、一件落着…となって「本当の真実」までは到達できずにニックと仲たがいしてしまう。

今回も「ヴァネロペのバグによって引き起こされるゲームの撤去」という「真実の途中」までは到達したものの、「なぜヴァネロペにバグが発生したのか」という真実までは到達できなかった。そしてこれも面白いんだけど、ジュディと同じようにラルフも実家(自分のゲーム)に戻って、「故障中」の紙からチラ見えしたシュガー・ラッシュの筐体を見て真実に気が付く。(ジュディは実家に帰って作物を見ることで神経弾の正体に気付く)

最初はヴァネロペはシュガー・ラッシュの新キャラクターか何かで、初代主人公だったキャンディ大王はその地位を追われるのが嫌で排除しようとしていたのかな…?と思っていたのだけど、キャンディ大王という存在そのものがそもそも異物だったのだ。最もおかしい「キャンディ大王」という存在を覆い隠すために世界全てが作り変えていたのだ。すごい…。

ヴァネロペとラルフの交流も見ていて楽しかった。さっきも言ったように彼女の登場は極めて遅い。時間が無い中でラルフとの交流描写を濃密なものにするために様々な工夫がなされている。カートを「1分」で作るという時間制限を作ることでサクサクと「作られてしまう」のを隠したりするものその一例だ。ただ、それを全く感じさせない。「1分」で作るのだって「ゲーム」になっているからだ。

キャンディ大王からメダルが返却されるシーンとヴァネロペから手作りメダルが渡されるシーンの交差は本当に見ていて辛かった。あの時点でのキャンディ大王の策はほぼ100%成功していたので、ラルフも見ている側も「ヴァネロペがレースに出ることの方が悪いことだ」と判断するのはしょうがない。ヴァネロペの味方をしてあげたいという「感情」と語られた(偽の)真実による「理」による激突。ラルフへの感情移入マックスである。そして「破壊」されるカート…。

ラルフの象徴ともいえる「破壊」がここであまりにも悲しく披露される。しかし、この「破壊」を元に戻せるのがフェリックスだ。ラルフの「破壊」とフェリックスの「再生」。まさに表裏一体の能力だ。この二人が力を合わせれば出来ないことはない。

サイ・バグの侵攻。ヴァネロペの軸とは別に展開されているこの軸は物語に緊迫感を与えてくれた。何か異物が入り込んだことで街が浸食されていくパンデミックものは好きなので見ていてワクワクした。最終的には二本の軸が重なり、「ターボを取り込んだサイ・バグ」がラスボスとなりラルフとバトル。練習用に使っていた地下ステージの溶岩でサイ・バグたちを引き寄せて倒す。か、完璧だ。

ただ、派手な二本軸だったわりには二つの要素はさほどかみ合わなかった印象はある。サイ・バグ軸がなくても(ラスボス化はともかく)別に話に支障はなかったような気がしないでもない。ちょっとお話が寂しいかな…という感じか。

最後に「フィックス・イット・フェリックス」のゲームに戻って住人たちに持ち上げられたときヴァネロペが見えるのも良い。ここはポスターを発見した伏線でもあるのだけど、いままでラルフにとって、おそらく「最もイヤ」だったはずの住人たちに持ち上げられて捨てられるというシーンが友達のヴァネロペがみえる(会える)という「最良」の瞬間に変わっているのだ。心なしか住人たちの持ち上げ方も優しくなっている。

ヴァネロペからもらったメダルに刻まれた「マイヒーロー」という文字。「Hero's Duty」で手に入れたメダルには「ヒーロー」としか書かれていなかった。みんなの「ヒーロー」じゃなくていいんだ。自分の役割を果たす、誰かの「マイヒーロー」であればいい。

誰かが自分の事を「マイヒーロー」だと信じてくれるのならば、どんな役割でもそれに対して誇りをもって行う事が出来るのだから。
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